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物語とエロスが満載のブログです。
秘書 倫子(1)
一、仕込まれる

 三枝倫子は電車の窓から外を眺めている。
 遠くの丘陵を眺めたり、近くの風景を目で追ったりしている。その倫子が視線を窓まで戻してくると、新聞を読んでいた社長の小野田がこちらを向いている。

「このあたりも芙蓉不動産か?」
「…そうです」

 倫子はファイルを開いて確かめてから答えた。
 芙蓉不動産は宅地開発の総合デベロッパーで、この電車が走っている沿線一帯を開発している。

「やはり下請けの一角を崩すしかないか」

 小野田は呟くように言い、ふたたび目を新聞に向けた。
 倫子もファイルを閉じるとふたたび視線を窓外にやった。
 遠景に視線を預けていると、窓カラスに映っている社長の顔がまたこちらを向いてきた。

「そういえば三枝さんの家も、たしかこの沿線だったな」
「…そうですが」

 ふたたび話しかけてきた小野田に倫子は窓から車内に視線を戻した。

「お母さんと二人で住んでいるとか」
「はい」

「お母さんは元気?」
「…はい」

 と、返事した倫子の声は沈んでいる。病弱で入退院を繰り返している母が、昨夜、ふたたび心臓発作で入院したばかりだった。その母を病院に置いての小野田と初めての宿泊視察になる。

 小野田はふたたび新聞に目をやった。倫子も窓外に視線を置きなおした。
 
 車内放送が倫子たちの降りる駅名を告げた。車両の液晶掲示板に英文字がながれていく。

  …next station Isohara…

「お化粧直しに…」

 倫子は小野田に軽くお辞儀してから席を外し化粧室に行った。
 使用中のランプは消えていて、倫子はドアを開けて中に入り、しばらく鏡に映っている顔を見つめてから口紅を塗り直していく。紅が落ちているわけでもないのに、そうすると気持ちが落ち着くのだ。初めて社長との宿泊に倫子の胸には不安と緊張が渦巻いている。

 倫子は口紅を塗り直してから化粧室を出た。狭い螺旋階段を上り座席の通路を歩いて自分の席に戻った。
化粧室にいる間にアテンダントが来たらしく、小野田は買った週刊誌のページを捲っている。その捲っていた週刊誌を小野田は閉じた。

「ところで、契約期間は?」
「九月末日です」

「試行期間は一年か」 
「はい」

 そう答えた倫子の脳裏に不安が過ぎった。今月の試行期間満了で解雇されるのではないかと…。

 倫子は秘書として採用されてからというもの、小野田の誘いに一度も応じることはなかった。その身の堅い女に小野田が嫌気をさしたとしてもおかしくはなかった。今の倫子の給与ぐらい保障すれば二十代の若い女秘書なんかは、募集すればいくらでも応募してくるからだ。

「いまのお仕事を続けさせてください」

 倫子は勇気を出して秘書に対する思いを小野田に伝えた。

 解雇されて普通の事務職になったら病弱な母を抱えての生活は苦しくなる。そうかといってキャリアもない短大卒の三十代後半の女を秘書として雇う会社なんかあるわけがない。そういう倫子が小野田に美貌を買われて中堅の住宅建設会社の社長秘書に採用されたのは幸運としかいいようがなかった。



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