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物語とエロスが満載のブログです。
秘書 珠代(2)
 初出勤の日、珠代は朝早く起きるといつもより化粧に時間をかけた。娘を出産してから顔に小さな染みが幾つかできていて、それをファンデーションで隠し、口紅を普段よりも濃くして明るい女を造っていく。

 そうして化粧を済ますと身支度を整えていく。クローゼットから下着類とブラウス、そして新調したスーツを出して姿見の前で着替えていく。

 夫の一周忌を済ました未亡人の気分は喪に服していた一年前と比べると変化していた。それが身に着ける下着にも現れていて、デザインにしても色にしても女を讃えるものになっている。

 珠代は最後に新調したスカートスーツを着ると、娘を連れて自宅を出た。そして公務員住宅の近くにある保育園に娘を預けると駅へと急いだ。

 通勤電車に乗るのは久しぶりだった。切符を買って駅のホームに降りると、あの女を品定めするような視線がどこからとなく注がれてくる。この男の視線も駅の風景と同じように変わっていない。

 時刻表のとおりに電車がホームに滑り込んでくる。すると目ざとい女を見つけたとばかり珠代の列に男たちが蠅のように集ってくる。珠代は通勤時のことを思い出して、先頭部に連結されている女性専用車両へと逃げた。

 運よく座席にも腰掛けることができたので珠代はハンドバッグから採用通知を取り出して秘書の服務規程に目を通した。

 ブラウスの色やスカートの丈、さらには下着類まで記された規則を目で追っているうちに珠代はいつのまにか眠っていた。

 はっとして目を開けた時には乗り換えの駅に着いていた。珠代は地下鉄に乗り換えて、最寄りの駅で降りた。穏やかな春の日射しが溢れる街路へ出ると、テナントビルは目の前だった。

 面接のときのことが想い出される。秘書室長からの細々とした質問と社長の印象深い問いかけ。

『女性が一人で生きていくのに大切なのは何だろう』
 これが社長の唯一の質問だった。 

 珠代は特に考えることなく答えた。
『女の優しさを忘れないことです』と。

 それが採用の決め手になったとは思えないが、秘書室長の質問に答えているとき、静かに注がれてくる社長の目には会社を経営する若い実業家の覇気ともう一つの光が宿っているのを珠代は女の肌で感じていた。

 その男の秘書になる…。

 珠代はテナントビルの玄関前で一旦、立ち止まって仰ぎ見た。ビルのガラス窓に春の薄雲が映っている。珠代はその雲に視線を預けながら、その男の秘書になることに躊躇いがないのを確かめてから中に入った。そして迷わずにエレベーターホールへと行き、扉が開いた一基に乗った。

 三十五階で降りる。受付のカウンターに行って要件を伝えると面接のときの秘書室長が現れて、珠代は招かれるまま彼女についていく。

 広い事務所の中に面接で見覚えのある観葉植物に囲まれたホールがある。それを珠代は横目で見ながら室長の後を数歩遅れてついていく。

「今年の夏には社長室と秘書室が上の階にお引っ越しするの。業務拡張のためにね。そのときは山本さんもお手伝いしてね」
 秘書室長の倫子はますます発展する小野田ハウスを珠代に自慢する。

「それはもちろん、喜んでお手伝いさせていただきます」
 珠代は室長の背後から明るい声で応える。これから発展する会社の秘書になるのは彼女にとっても嬉しい。

 事務所を大きく二分する通路の突き当たりが社長・秘書室となっている。倫子に続いて珠代は入っていく。秘書室は珠代が思っていたよりも広く、パーテーションと観葉植物で社長室と分けられていた。 

 秘書室には社長を含めた人数分のロッカーと茶箪笥と厨房、そして応接間と書棚までがあり、それらと向かい合わせにデスクと椅子が並んでいる。

「こちらが新海さん」
 倫子が萌美を紹介する。

「よろしく新海萌美です」
「こちらこそ山本珠代です」
と、珠代は秘書室のドアに近いデスクから挨拶をしてきた若い秘書にお辞儀をする。

「あなたはここよ」
 その珠代に倫子がロッカーとデスクを手で示す。

 倫子が示した席は響子のデスクで、現在は産休で空席になっている。珠代はその響子の穴埋めの採用になっているが、小野田の腹は珠代の仕事ぶりによってはそのまま居座ってもらうつもりでいる。倫子もその小野田の腹の内を読んでいる。人妻秘書といえども子供を二人も産んだら、育児に専念しろと女を卒業させたいのかもしれない。

「社長を呼んでくるからハンドバッグをロッカーに仕舞って、ソファーに腰掛けていてね」
 倫子は珠代に言ってから社長室へと姿を消した。 


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